DX・システム
これまでこのシリーズでは、HRシステム、スライド作成ツール、SFAをAIで自作してきました。いずれも実用に足るものができています。
今回は作れなかったケースを共有します。営業リスト作成ツールです。画面も機能も2時間で出来上がりましたが、営業に使えるかというと届きませんでした。そして届かなかった理由が、業務ツールの自作を考えるうえで最も重要な論点だと感じたので、そこを中心にまとめます。
30秒で分かる結論
画面と機能は2時間で完成した。業界・地域・規模で絞ってリストを抽出し、営業文面まで生成できる
データの出所は国の公式データ(gBizINFO、法人番号API など)に限定した
それでも実用水準には届かない。理由は電話番号やURLといった項目が埋まらないから
既存の営業リストサービスの価値は機能ではなく、複数の出所から集めて統合したデータベースそのものにある
データが競争力の源泉になっている領域は、自作が最も通用しにくい
依頼と、出来上がったもの
依頼はこれまでと同じ形です。実在するサービスを調べさせ、設計から任せます。
AIを活用して営業先リスト作成ツールを作りたいです。
実在する営業リストツールを調べたうえで、
同様のものを開発するための設計を考えてください。
サービス名は「ドヤリスト」にしてください。2時間で出来上がったのは、次のようなツールでした。
業界・地域・企業規模を選ぶだけで、AIが営業先リストを自動生成
データの出所は国の公式データ(gBizINFO、経済産業省、法人番号API)
そのまま営業文面まで作れる(フォーム営業文・新規開拓メール・架電スクリプト)
実際に「IT・ソフトウェア/全国/規模指定」で抽出すると、100社の企業名と事業概要が並びます。見栄えは十分です。ここまでを2時間で作れること自体は、やはり驚きます。
設計段階でAIが挙げたデータの集め方と、最終的に使った出所
開発の最初に、Claude Codeに実在の営業リストツールを調べさせて設計書を作らせました。そこでAIが挙げたデータソースは次の5つです。
国税庁の法人番号API
gBizINFOのAPI
Googleの店舗・施設情報のAPI(Google Places API)
企業サイトをAIで読み取るスクレイピング
求人サイトをAIで読み取るスクレイピング
このうちスクレイピングは、やってよい範囲とやってはいけない範囲があり、やりすぎればルール違反になります。そのため今回は積極的には使わない方針で進めました。完成した画面でデータの出所として示されたのは、gBizINFO、経済産業省、法人番号APIといった国の公式データです。
AIに設計を任せると、技術的に可能な集め方はひと通り提案されます。ただし、その集め方を使ってよいかどうかの判断まではしてくれません。どの出所を使い、どの出所を使わないかは、人が決める必要があります。
市販ツールにあって、自作版に入れられなかった項目
検証の最後に、市販の営業リストツールと比べて足りないものを洗い出しました。差が大きかったのは次の項目です。
担当者名
担当者の電話番号や、部署直通の電話番号
どの企業が何を検索しているかといった行動データ(インテントデータ)
いずれも登記や届出には出てこない情報で、公式データだけを出所にする限り入れようがありません。画面の項目欄を増やすことはすぐにできますが、埋める中身が無いという状態でした。
それでも営業に使えなかった理由
問題は機能ではなく、リストの中身でした。
企業名と事業概要は出ます。しかし電話番号が入っていない、URLが登録されていないという企業が出てきます。営業リストとして使うなら、連絡先が埋まっていないリストは実質的に使えません。架電もフォーム送信もできないからです。
公式データは正確ですが、載っている項目が限られます。登記や届出に基づく情報が中心で、営業活動に必要な連絡先や担当部署までは網羅されていません。正確さと網羅性は別の話だ、というのがここでの学びでした。
既存サービスの価値は、機能ではなくデータ
市販の営業リストツールが高額なのは、画面が優れているからではありません。何百万社分の電話番号や属性情報を、複数の出所から集めて名寄せし、1つのデータベースに統合しているからです。この統合作業そのものが商品です。
さらに上位のサービスでは、企業がいま何を検索しているかといった行動データ(インテントデータ)まで持っています。これは公開情報ではないため、自作では手の出しようがありません。
つまりこの領域では、機能を真似ても価値の中身は再現できません。作れたのは器だけで、中身が伴わなかった、というのが正確な表現です。
自作が向く領域と、向かない領域
このシリーズを通して見えてきた線引きを整理します。
自作が向く … 自社のデータを自社で入力して使うもの(人事情報、商談履歴、タスク、資料作成)
自作が向かない … 外部のデータを集めて価値にしているもの(企業リスト、与信情報、市場データ)
前者は、データを持っているのが自分なので、器さえ作れば成立します。後者は、器を作ってもデータがなければ動きません。その業務ツールの価値がどこにあるのかを先に見極めることが、自作するかどうかの判断そのものです。
このシリーズで、AIで自作して実用になったのはSFAのように自社のデータを自社で入力するツールでした。営業リストとの違いを比べるなら、同じシリーズのSFA開発の回が参考になります。データを外から集める必要が無いと、自作のハードルがどれだけ下がるかが分かります。
それでも使いどころはある
今回作ったものが完全に無価値かというと、そうでもありません。
公式データから業界・地域・規模で母集団を把握する用途
ターゲットの当たりをつける初期の絞り込み
営業文面の生成(ここはAIが得意な領域で、実用的だった)
連絡先の収集は既存サービスに任せ、文面生成や絞り込みは自作でまかなう、という組み合わせなら現実的です。全部を置き換える発想をやめると、使い道は出てきます。
三森の実務メモ:この検証は、シリーズの中でいちばん学びが大きい回でした。これまでは「AIで作れるかどうか」を見ていましたが、本当に見るべきなのはそのサービスの価値がデータにあるのか、機能にあるのかだと分かったからです。機能に価値があるものは自作で置き換えられます。データに価値があるものは、機能をどれだけ真似ても届きません。契約を見直すとき、まずこの1点を判定するだけで、無駄な検討をかなり減らせます。
ChatGPTなどの対話型AIで営業リストのたたき台を作る手順
ツールを開発しなくても、ChatGPTやClaude、Geminiなどの対話型AIで営業リストのたたき台は作れます。ただし、今回の検証と同じ理由で、AIが出した企業情報をそのまま使うことはできません。ここでは「AIに考えさせる部分」と「人が公式データで確かめる部分」を分けた手順を紹介します。
手順1:ターゲットの条件をAIと一緒に言語化する
最初にAIに任せるのは企業の名前ではなく、条件づくりです。業種・地域・規模だけでなく、「なぜその企業が自社商材を必要とするか」まで言葉にしておくと、後の絞り込みと文面づくりが楽になります。
あなたはBtoB営業の担当者です。
次の商材について、営業先として有望な企業の条件を整理してください。
商材:[商材名と一言の説明]
価格帯:[月額や初期費用の目安]
既存顧客で成果が出ている企業の特徴:[業種・規模・課題など分かる範囲で]
出力してほしいもの:
1. 業種(日本標準産業分類の大分類・中分類レベルで)
2. 地域
3. 従業員規模
4. その企業が商材を必要とする理由(3つ)
5. 公開情報から推測できる「導入の兆し」(例:補助金の採択、求人の増加、拠点の新設など)
6. 対象から外したほうがよい企業の条件
企業名はまだ挙げないでください。手順2:候補企業を挙げさせ、確認用の列を必ず付ける
条件が固まったら候補を挙げさせます。このとき「確認済みかどうか」と「根拠」を書く列を最初から用意させておくと、検証漏れを防げます。Web検索の機能を使う場合も、出典のURLを必ず書かせます。
手順1で整理した条件に合う企業の候補を20社挙げてください。
次の列を持つ表形式(CSVで貼り付けられる形)で出力してください。
企業名,所在地(都道府県・市区町村),業種,条件に合うと考えた根拠,根拠の出典URL,確認状況
ルール:
・実在を確認できない企業は挙げないでください。
・出典URLが示せない場合は「出典なし」と書いてください。
・電話番号やメールアドレス、担当者名は推測で書かないでください。
・確認状況の列はすべて「未確認」としてください。手順3:法人番号で実在と最新の商号・所在地を照合する
AIの出力は「未確認の候補」として扱い、人が公式データで照合します。照合の軸にするのが法人番号です。国税庁の法人番号公表サイトでは、商号・名称、本店所在地、法人番号の基本3情報を確認でき、Web-APIでは商号や所在地の変更履歴、登記記録の閉鎖などの差分情報も取得できます(出典:国税庁 法人番号公表サイト Web-API)。
照合した結果、商号が違う・所在地が違う・閉鎖されている候補は外し、残った企業に法人番号の列を追加します。法人番号を持たせておくと、後から別のデータと突き合わせるときの名寄せが格段に楽になります。
手順4:公的データで属性を足し、優先順位をつける
実在が確認できた企業には、gBizINFOで属性を足します。gBizINFOは経済産業省が提供する法人情報のサイトで、届出・認定、補助金、調達、表彰、特許、財務、職場情報などを法人単位で確認できます(出典:gBizINFO(経済産業省))。補助金の採択や調達の実績は、手順1で挙げた「導入の兆し」の確認に使えます。gBizINFOからリストを作る具体的な操作は、gBizINFOで営業リストを作る手順で解説しています。
次の企業リストについて、営業の優先順位をA・B・Cの3段階でつけてください。
判断基準:
・手順1で整理した「商材が必要な理由」にどれだけ当てはまるか
・補助金の採択や調達実績など、公的データで確認できる兆しがあるか
各企業について、順位と、その順位にした理由を1行で書いてください。
リストに書かれていない情報は推測で補わず、「情報なし」と書いてください。
[ここに照合済みのリストを貼り付け]手順5:連絡先は別の手段で埋める
ここまでで残るのは、実在と属性が確認できた企業のリストです。電話番号や問い合わせフォームのURLは、公式データでは埋まりません。企業の公式サイトで確認するか、データベース型の営業リストツールを併用します。どの型のツールが自社に合うかは、営業リスト作成ツール比較で4つの分類に分けて整理しています。
AIだけでは営業リストが完成しない3つの理由
自作のツールでも対話型AIでも、AIだけで営業リストを完成させようとすると、同じところでつまずきます。
理由1:実在しない企業や誤った情報が混ざる
対話型AIは、もっともらしい企業名や所在地を作ってしまうことがあります(ハルシネーション)。営業リストでは、1件の誤りがそのまま無駄な架電や誤送信につながります。
株式会社スリスタの調査では、業務でAIを使った際に事故やヒヤリハットを経験した51名のうち、33.3%が「AIが生成した誤情報をそのまま納品・公開した(ハルシネーション事故)」と回答しています。営業リストも、確認の工程を挟まなければ同じことが起こり得ます。
出典:株式会社スリスタ『企業の生成AI活用実態調査2026』(n=400)(業務AI事故・ヒヤリハット実態2026)
理由2:情報の鮮度を保証できない
企業は商号を変え、移転し、閉鎖します。AIが学習した時点の情報や、一度作ったリストは、時間とともに古くなります。法人番号のWeb-APIが差分情報を提供しているのは、こうした変更が日々起きているためです。リストを使い続けるなら、作るときだけでなく、定期的に照合し直す運用が必要になります。
理由3:営業に必要な項目が公開データに無い
公式データは正確ですが、担当者名や部署直通の電話番号は載っていません。AIに推測で埋めさせると、理由1の誤情報をわざわざ作ることになります。埋まらない項目は空欄のまま残し、別の手段で確かめるのが安全です。
AIで作ったリストで営業する前に確認したい法令とルール
リストの作り方が変わっても、営業活動に関わる法令は変わりません。ここでは確認すべき点と、一次情報の所在をまとめます。個別の判断に迷う場合は、ガイドラインの原文や専門家に確認してください。
個人情報保護法:担当者名や個人の連絡先を扱うと、個人情報の取り扱いに関するルールの対象になります。取得・利用・第三者提供の考え方は、個人情報保護委員会の法令・ガイドライン等で確認できます。
特定電子メール法:広告・宣伝のメールは、原則として受信者の事前の同意が必要で、送信者の名称や配信停止の方法などの表示も求められます。例外となる場合もありますが条件があるため、総務省の迷惑メール対策のページとガイドラインで確認してください。
公的データの利用規約:法人番号のWeb-APIを使うには、無料のアプリケーションIDの取得と利用規約への同意が必要です。発行には2週間から1か月程度かかるとされているため、自作するなら早めに申請しておきます。サービスとして公開する場合は情報の取得元を明示するなどの条件もあります(出典:国税庁 法人番号公表サイト Web-API)。
Webサイトの利用規約:スクレイピングで情報を集める場合は、対象サイトの利用規約で禁止されていないかを先に確認します。今回の開発でも、この点を理由にスクレイピングは控えました。
もう1つ、AIに入力する情報にも注意が必要です。同じ調査では、事故やヒヤリハットを経験した51名のうち37.3%が「機密情報・個人情報をAIに入力してしまった」と回答しています。既存顧客の名簿や商談メモをそのまま対話型AIに貼り付けて条件整理をさせる使い方は、社内のAI利用ルールを確認してからにしてください。
出典:株式会社スリスタ『企業の生成AI活用実態調査2026』(n=400)(業務AI事故・ヒヤリハット実態2026)
動画で学ぶ
実際に作った画面と、リストを抽出したときに何が足りなかったかを、操作つきで確認できます。
【本当にできるの?】高額な営業リストツールを契約せず、AIで自作してみた!
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よくある質問(FAQ)
Q. 企業リストを自分で集めるのは問題ありませんか?
データの出所を確認してください。国が公開している法人情報は利用条件の範囲で使えますが、他社サービスの画面から一括で取得する行為は利用規約違反になり得ます。今回は出所を公式データに限定しています。
Q. 集めた企業情報に個人情報は含まれますか?
担当者名や個人の連絡先を扱う場合は個人情報保護法の対象になります。法人情報のみを扱う設計にしておくと、論点を減らせます。営業目的での連絡には、各種法令や業界ルールの確認も必要です。
Q. 連絡先が埋まっていないリストはどう使えばいいですか?
母集団の把握や優先順位づけには使えます。実際にアプローチする段階で、連絡先は別途調べるか、既存サービスを併用してください。全件を埋めようとすると自作の意味がなくなります。
Q. 営業文面の生成だけでも役に立ちますか?
ここは十分に実用的でした。フォーム営業文、新規開拓メール、架電スクリプトのたたき台が出てくるだけで、作成時間はかなり短縮できます。リスト部分と切り離して使う価値はあります。
Q. 今後データが揃えば自作でも戦えますか?
公開データの整備が進めば状況は変わります。ただし複数の出所を統合し、更新し続ける運用コストは残ります。そこを負担できるかが判断の分かれ目です。
Q. ChatGPTに企業リストを出させると、実在しない会社が混じりますか?
混じる可能性があります。対話型AIはもっともらしい企業名や所在地を作ることがあるためです。AIの出力は「未確認の候補」として扱い、法人番号公表サイトなどの公式データで実在と最新の商号・所在地を確認してから使ってください。
Q. AIのWeb検索機能を使えば、電話番号まで集められますか?
企業の公式サイトに掲載されている代表番号などは見つかることがあります。ただし、出典URLを確認しないまま使うのは危険です。担当者名や部署直通の番号は公開されていないことが多く、推測で埋めさせると誤った情報が入ります。
Q. 営業リストに法人番号の列を入れる意味は何ですか?
同じ企業を確実に特定するためです。社名は表記ゆれや商号変更があり、名前だけでは突き合わせを誤ります。法人番号があれば、gBizINFOなど他のデータとの照合や、後から変更・閉鎖を確認する作業が楽になります。
Q. 自作する場合、最初に何から手をつければよいですか?
画面よりも先に、データの出所を決めてください。使ってよい出所と使わない出所を決め、法人番号のWeb-APIを使うならアプリケーションIDを申請しておきます。発行に時間がかかるため、開発と並行して進めるのが効率的です。
まとめ:価値がデータにあるものは、機能を真似ても届かない
営業リスト作成ツールは、画面と機能なら2時間で作れました。それでも実用に届かなかったのは、このカテゴリの価値が統合され更新され続けるデータベースにあるからです。器を作ることと、中身を持つことは別です。
SaaSの契約を見直すとき、判定すべきなのは「この機能はAIで作れるか」ではありません。このサービスの価値は機能にあるのか、データにあるのかです。機能側なら自作の検討に進む価値があり、データ側なら素直に契約したほうが速い。今回はその線引きがはっきり見えた検証でした。



